頭に浮かんだ よしなしごと。


by hanarobo

復讐するは我にあり。

こんなタイトルつけたら、またアクセス爆発かなぁ。
ぼっか=ん!!www







でもこの言葉、そんなに物騒な意味ではない。









『復讐するは我にあり』の出典は、新約聖書。


「主いい給う。
 復讐するは我にあり、
 我これを報いん」


(ローマ人への手紙・第12章第19節)





わかりやすく言うと





「神が言った。
 復讐は私がおこなう。
 私が報いを与える。」







やっぱり物騒?w






以前見たTVドラマ『復讐するは我にあり』の犯人は、




この言葉を間違って解釈し、


「復讐することは人に与えられた権利なのだ」と、

自分の不幸な生い立ちに復讐するかのように犯罪を行っていた。



『復讐するは我にあり』
この「我」を「神」ではなく、文字通り「自分」だと思い込んだ主人公。
誤読は人をも殺す。



もちろんこれは「お話」だから、
実際のモデルになった事件で
犯人がそうだったのかどうかは知らない。



しかし、充分ありえる話だ。






受け手の解釈は送り手の想像を超える。





これは肝に銘じておこうと思う。












だけど、それでも




表現することを恐れてはならない、と思うのだ。








たとえ、






背中から撃たれようと。







そしてたとえ、







鼻毛が出ようとも。ww
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by hanarobo | 2007-12-26 13:48

メリークリスマス!

「コングラッチュレーション、って何?」

「『おめでとう』っていう意味。」

「じゃぁ、何で 『お誕生日おめでとう』っていうときに
コングラッチュレーション バースデー、って言わんと、
ハッピーバースデー、って言うん?」


「西洋の人の『おめでとう』はね、
『努力して勝ち取ったもの』を褒めたたえるときに言うねん。
お誕生日や、クリスマスみたいに、
『時がたてば自然に来るもの』には、おめでとうは言わへんねん。



こんな風にちょっとした言葉の使い方に、
西洋と東洋の物の考え方の違いが表れる。



『求めよ、さらば与えられん!たたけよ、さらば開かれん!』
という西洋文化と

『足るを知る』という東洋文化。





私の中にはどちらも存在する。





ミニロボはどうなるんだろう?



Merry Christmas, minirobo! :-)

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by hanarobo | 2007-12-25 02:22 | 日常

基準。

TVで大リーグの中継をやっているのを、
遅出のパパロボとぼんやり見ていた。



はなロボ 「大リーグのナイトゲームの中継って色がキレイやと思えへん?」

パパロボ 「?」


はなロボ 「なんか、クリアっていうか、目にキモチいいっていうか…
       スッキリしてるような感じ。」


パパロボ 「ほー」


はなロボ 「向こうの中継って、なんか色目がいいから、
       画面をつけっぱなしにしてることあるねんよ。
       家事しながらさ~ ゲームなんて全然見てなくて。
       BGMならぬBGV(バックグラウンド・ヴィジョン?)って感じ。」


パパロボ 「それはホワイトバランスかも知れへんな。」


はなロボ 「なに?」


パパロボ 「たぶん、中継の映像って『白』を基準にして色を決めてるねん。
       向こうの中継は青みがかった白を基準にしてるみたいやな。
       日本の映像は、ちょっと赤みがかった白やと思うわ。
       はなちゃんの目ってアメリカ人と同じ感覚なんかも知れへんな。」


はなロボ 「ふ~ん・・・・・」






白を基準に他の色が決まるのか~

色の決め方って相対的なもんなんだな。




   『何かを基準に何かを決める』




なんか、これ、思いがけないところで応用が利きそう。
覚えておこう。




       
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by hanarobo | 2007-05-31 20:49 | 日常
名セリフ集など。





「後ろを振りむいたときサッと隠れる人がいたら、 
    それはパパかもしれへんで。w」


パパロボ
箱入り嫁 はなロボの旅立ちのときにかけた言葉。
私が顔をしかめると、「うそや、うそや。」と付け加えた。







「あの~飴持ってはります? 
       できたら、いっこいただけません?」


はなロボ
ライブ中、咳がでて困っているときに
隣席の妙齢のご婦人にかけた言葉。
すぐに2つ下さった。







「やっぱり日本海側だけを通っては来れないんですねぇ。」

美音堂市川さん
私がどういう経路で来たかを聞いた後、
大きなため息とともに。






「ホリが深く見えるかな、と思って。」

浜田真理子さん
彼女が青のカラーコンタクトを入れてるのを発見し、
驚いていたらこう言った。






「おまえ、ワシら夫婦を椅子にしとったなぁ。」

KC2こと因幡修次さん
打ち上げで酔った私が
ご夫妻にもたれていたことを評して。w






「仕事したくなったらいつでも連絡ください。」

舞台監督さん
学生時代、好んで芝居の裏方仕事をしていた私の話を聞いて。
「今は主婦です。」というとズッコケていた。






「う~~~~ん。言わへんほうがいいと思う…」

はなロボ
帰宅後「どれくらい飲んだん?」とパパロボに聞かれて。
正直に言うのと、こうして言わないのと、
どっちがよかったんだろう…
、とパパロボの表情を見ながら思った。






番外編の番外

新幹線岡山駅のホームでぼーっと立っていたら
私の後ろに20人ほどの列が出来ていた。

別に私は乗降口の見当をつけて立っていたわけではなく、
立ったまま目を開けて寝ていたようなものだった。

「この人らいったい…」と思ったときに、
新幹線のぞみ号がホームに入ってきた。

はたして、

私の立ち位置は乗降口と乗降口のちょうど中間。ww


私が乗降口にのろのろと歩き出すと、後ろの20人が
「え===」と言いながらついてきた。(ぷぷぷ



この箱入り嫁が
そんなに旅慣れてるように見えたとでも?w
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by hanarobo | 2007-04-18 16:36 | 日常

おばあちゃんのこと。

 CDを聞いていたらその歌詞に「あんじょう」という言葉が出てきた。

「あんじょう」というのは古い大阪弁で、
「ちゃんと」とか、「しっかりと」、っていう意味だ。



私の世代ではもう使わないけど、そういえばおばあちゃんが使っていたなぁ…
と思い出した。


「あんじょうしなさいや。」って。




父方のおばあちゃんはお嬢さん育ちで、おっとりとした人だった。
7人の子どもを産み、そのうちの1人を亡くし、40代で夫を亡くした。

そんなに苦労しているのに、そんな風に見えなかった。




「おばあちゃんは、奈良のええとこの『いとはん』やってんで。」

と身内自慢の好きな父が酒を飲むとよく言っていた。

「奈良の女子師範学校出てるんや。」



おばあちゃんは、薄くなった髪の毛で丸髷を結っていて、
いつも地味な着物を着ていて、ざぶとんの上にちんと座っていた。


父は7人兄弟の末っ子で、おばあちゃんが40のときの子だ。

私は父が32のときの子だから、
私が幼稚園のときにはおばあちゃんは、もう70代後半だった。


小さくて、痩せててちょっと前かがみで、
動作がとてもゆっくりしていた。


おばあちゃんが「あははは。」と笑うところを見たことない。
巾着みたいな口をちょっとすぼめて「うふふふ。」って笑った。


愚痴を言ったり、怒ったり、人の悪口を言ったり、
説教したりなんてこともなかった。

話す声も小さかった。



私はその当時は珍しい1人っ子だったので、
親戚で集まると私を目の前に置いて(わからないとでも思っているのか)

やれ、「1人っ子はわがままになるで。」とか「甘えたになるで。」とか
「兄弟に揉まれてない子は弱いで。」とか、
もうほんとにいろいろ言われ放題だった。


でも、おばあちゃんはなんにも言わなかった。



遊びに行くと、


なんていったらいいのかな?、、、
5円玉に紐を通して輪にしたもの、をくれた。
長いときは全周70~80センチくらいになったと思う。


5円玉はピカピカのものが多かった。
紐は確かいつも赤い色だった。


私はなぜか金属のピカピカして重量感のあるものが大好きで、
拾ったパチンコ玉や町工場の前の道に落ちてた光輝くボルトなどを
缶にいれて大事に持っていた。

そしてときどき自分で眺めたり、大人に見せたりして喜んでいた。


だからおばあちゃんは、5円玉をくれたのかな。




おばあちゃんは伯父の家に同居していた。
もう家事なんてぜんぜんしてなくて奥の部屋でちんとしていた。
部屋には仏壇とこたつがあるだけで、TVもなかった。


私が親と行くときは、親は大人だけで集まって、
私はおばあちゃんの部屋に預けられた。


部屋に行くと、おばあちゃんはちょっと笑って、
それからゆっくりと立ち上がって、柱の丸いひっかけねじにかけてある
例の5円玉の輪っかをはずして私にくれた。

私が喜んでいると、親が「ほら、ありがとうは?」って言った。


おばあちゃんの部屋の窓を開けると、すぐ前を線路が通っていた。
南海平野線のちんちん電車が目の前を走った。


窓から電車をながめたり、おばあちゃんのしわだらけの手の皮を
ひっぱって遊んだりしてたら、いつのまにか帰る時間になった。


「また来るときまでに貯めとくさかいな。」っておばあちゃんが言った。


「ピカピカのんにしてな。」って私は言った。
時々どす黒いのも混じっていたからだ。w


「なかなかあれへんでな。」って、おばあちゃんは言った。

「でもさがしとくわな。」



小学校2年生のとき母が入院した。
家事の全くできない父は、おばあちゃんを呼んだ。

もう80は超えていたはずだ。
さらに動作がゆっくりになっていた。
体は枯れ木のようになっていた。


もう私は5円玉を喜ばなくなっていたし、
人を小ばかにするようないやらしい子どもになっていた。


お風呂に入るとおばあちゃんのしなびたおっぱいを指差して笑った。
入れ歯をはずして、くちゃってなった顔を笑った。

おばあちゃんはヤクルトが飲めなかった。
小さい容器なので口をうまくすぼめられなくて
横からだらだらとこぼれてしまうのだ。

私はおなかをよじって笑い転げた。
おばあちゃんは「うふふ」って笑って「難儀やなぁ。」って言った。



私は「おばあちゃんはどんくさいなぁ~」ってよく言った。

笑っていうこともあったし、
イライラして言うこともあった。

それでもおばあちゃんは特になんにも言わなかったと思う。



母がいなかったし、父はわからず屋だし、
おばあちゃんはどんくさいし、私は荒れていたかもしれない。



しばらくして、学校から帰ると母がいた。


玄関先で私は立ったままじっと母を見た。
母は正座してこっちを見ていた。


父はいつも
「おかあさんは体が弱いからわがまま言うたらあかんで。」て言っていた。
だから、久しぶりに会ってもどうしていいかわからなかった。
お互いに。

私は黙って母を見つめていた。
おばあちゃんとのお別れだった。





それからすぐ、私たちの住んでいるところの上に高速道路が通ることになって、
うちの家もおばあちゃんの家も立ち退きすることになった。

みんな引越しして、
うちとおばあちゃんの家はそうそういける距離ではなくなってしまった。


そして、おばあちゃんに会うこともあんまりなくなった。



中学3年生のとき、おばあちゃんがしんだ。
年も年だったし自然のことだと受け止めた。
涙も出なかった。





…とそんなことを、



歌の中の「あんじょう」という単語を聞いて思い出した。




おばあちゃんのことを笑ったりして悪かったな。って。




そして、、、、そのとき



あ、と気づいた。



赤い紐を通した5円玉。




遊びにいく間が遠のくと、長くなった5円玉の厚みとその重さ。





おばあちゃんは、


その1枚1枚を赤い紐にくぐらせるたびに私のことを考えてたんだ、って。
「はなロボちゃん、喜ぶやろな。」って。


お店でピカピカの5円玉のおつりをもらったら、
私が喜ぶって思った、その気持ち。



1枚1枚におばあちゃんの心が乗っかっていたんだ、って。



それがぱっとわかった。



ほんとうにわかった。






おばあちゃん、ごめんなさい。


ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。。。




もう泣けてきて泣けてきて、
顔中ぐしゃぐしゃになって、
膝を抱えて泣いた。



どないしょ=
もうすぐミニロボが帰ってくるのに。

目が腫れてしまうやん。




他の事を考えるんだ!!はなロボ!!!





でも、



オカダさんも、イシダくんも歯が立たない。




私は泣き続けた。
とまらなかった。


頭の中には、控えめに笑うおばあちゃんの顔が浮かんでしかたなかった。


人の親になってやっとおばあちゃんがピカピカの5円玉を
集めてくれてたときの気持ちがわかったよ。


おばあちゃんもうれしかったん?
私が喜ぶのん楽しみにしてくれてたん?



笑ってごめん、
どんくさいって怒ってごめん。

ごめんな。



小学生のころみたいにしゃくりあげて、
泣いて、泣いて、泣いた。





「かまへんよ。かまへんよ。」っていう
おばあちゃんの声が何回も何回も聞こえていた。




おばあちゃん、ありがとう。
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by hanarobo | 2007-04-13 17:38 | 思い出

検索ワード

このブログにたどり着いた人の検索ワード。

1位 NHK アナウンサー 1時のニュース
2位 なじる女
3位 アナウンサー登坂淳一
4位 ソーダかつお
5位 ハードディスクから吸い出す
6位 レントゲン ノーブラ
7位 宮田のたいやき
8位 山岡カバン店
9位 登坂淳一 健康
10位 浜田真理子


2位の『なじる女』って何?
そんなこと書いたっけ。思い出せない。



6位『レントゲン ノーブラ』っていうのは、
検査前に事前調査してはるんかな?

そーですよ、レントゲンはノーブラですよ~>調べた人




そして、


9位『登坂淳一 健康』っていうのが
びみょーにおかしいwwww。




季節柄お体ご自愛くださいませ。>登坂さま
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by hanarobo | 2007-03-14 00:11 | メディア

雪!

昨日のお昼ごろから急に雪が降りはじめた。
夕方には足首くらいまで積もった。




夜になってもまだ降っていた。




暗い空から舞い落ちる真っ白な雪を見て
思わず感極まって言ってしまう、





「ろまんちっくやなぁ~~」







その自分の物言いの彦摩呂ばりのもっちゃりさ加減に
しばし立ち直れず…orz
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by hanarobo | 2007-02-02 12:18 | 高岡の大阪人

語感の悪い言葉。

語感の悪い言葉として、
以前、浜田真理子のブログで『地デジ』という言葉が取り上げられていた。


ち・で・ぢ


・・・・・ん~確かに新種の"ぢ"のよう。w

だけど、このように末尾を"じ"ではなく"ぢ"とすると
字面はましになったような気がする。
ややシンメトリーで。w



一方、


私がちょっと前から気になってる言葉があって、
それが、もうそろそろ市民権を得てきているようなのである。


真逆(まぎゃく)



よくTVでタレントが口にしてたので、
近い将来、なし崩し的に日本語になるだろうとは思っていたけど。



ま・ぎゃ・く


この"ぎゃ"ってところがなんとも受け付けないし、
そのうえこの言葉を聞くたびに



"正反対"の立場はどうなるねん! と、


ついつい、憤りと郷愁を覚えてしまう。
"正反対"はもう死語になりつつあるのだろうか…


そんな私の気持ちとは裏腹に、





それでも、言葉は生きている。






<参考>
Googleで「真逆」を検索してみると…
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by hanarobo | 2006-08-31 23:57 | メディア

母というもの。

Excite エキサイト : スポーツニュース
彼は少なくとも名誉を守った。サッカーより大事なことはある」と話した。



「スポーツマンシップに乗っ取り
正々堂々と戦うことを誓います。」



ひどいことを言うのも、
それに頭突きで対抗するのも

スポーツマンシップに反する。




でも、ジダンの母は息子の気持ちがうれしかったんだろうな、と思う。




私だったらどうだろう?




やっぱり最初に怒るやろな。

「あんなことは絶対やったらアカンことや!何言われてもほっとき!」



ほんで、しゅん…ってなったら、
「でも、その気持ちはうれしいよ。」って言うねん。
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by hanarobo | 2006-07-13 17:24 | メディア

「そうでもない。」

お昼のニュース。
中国からの留学生が千葉にホームステイに来たとか。
その2日間のレポートを手短にやっていた。

滞在するおうちでの初めての夕食。
お父さん、お母さん、おばあさん、姉妹たち、家族総出。
たしかメニューはエビフライ?だったかな。
おもてなしのために一生懸命作りはったんやと思う。


おうちの女の子が中国語会話の本を片手に、たどたどしく中国語で聞いた。
「おいしいですか?」

中国の女の子はさらりと
「not very well.」(「そうでもない」と字幕)

おうちの女の子は意味というより、
英語そのものが聞き取れないらしく
「え?」ときょとんとした顔をしていた…


私もテレビの前できょとんとした顔をしてしまった。



はぁ?


他国に来て、食べさせてもらって、

「おいしいですか?」って聞かれて

「そうでもない。」



だとぉ?





あたしゃ、一瞬モヒカンになったかと思ったよ。




こういうことを平気で言える文化を持った人たちと
隣国としておつきあいしていかなきゃいけないなんて
外交官でも何でもない専業主婦の私でさえも
ためいき100万リットルである。


たまたまこの女の子の性格なだけなら
この一家の2日間の災難ですむのだが…w




レポートは「若い人同士交流が深まったようですね。」と
笑顔で締めていた。
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by hanarobo | 2006-05-22 16:40 | 脳内