頭に浮かんだ よしなしごと。


by hanarobo

カテゴリ:脳内( 73 )

子どもの頃、つまらないことで心配していると、
親に「そんなのどうにかなる」とよく言われたものだ。


確かにそのころ心配していたことで
どうにかならなかったことはなかったし、


たとえスッキリ解決せずとも、
放っておけば、


しばらくの間だけ、だらだらと引きずり、
やがて消えていったと思う。



どうにかならなかったことはなかった。




だけど、連日のテレビ報道で、
放っておいたためにえらいことになっている家庭がたくさんあることを知った。

人の死を作為的にしろ、不作為にしろ、放っておいたということ。
そこに罪の意識はない。
それについて思うのは「当事者意識のなさ」である。




家族間で「死」を話題にすることはなかなかない。
たまに話題に上ればそれこそ「どうにかなる」とお茶を濁してしまう。


若ければ、ずっと先のことだと思うし、
家族に年寄りがいると口にするのもはばかられることだから、
そういうことは「放っておく」というのがデフォルトになっている。


でも、ほとんどの人は
その時がくれば、ちゃんと行動し、どうにかするものである。


そう。どうにか『なる』のではなく、どうにか『する』のだ。
当事者意識があれば。




そもそも、「どうにかなる」というのは、



当事者意識を希薄にさせることで
気を楽にする言葉である。




子どもの頃の「どうにかなる」は、確かにどうにかなったが、
大人になった後の「どうにかなる」は単なる責任放棄だ。
そこに「私が」という主語はない。






自分しかできないことに対して、
当事者意識を持たせることも

親の仕事だな、と。




そんなことを思ってたら、


宿題が、どうにかなった新学期が始まった。
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by hanarobo | 2010-09-02 11:34 | 脳内

恐怖と好奇心の間。

来週の今頃は、


私から臓器がひとつなくなっている。。。。




そう思うとへんな気持ちだ。





手術は怖いけど、



そのあと身体が軽くなるような気もする。
重量的にも精神的にも。









27歳のときに、盲腸の手術を受けた。



あの時はずっと熱があって
風邪だと思って放置していたら、


即入院して即手術だった。


いろいろと考えてるヒマなんてなかった。





5歳のときの手術は、

赤ちゃんのときの事故の後遺症をなくすためのもので、


つまり、


右手の親指が動かなくなっていたのを
動かすようにするための手術で、



親には事前に何も言われなかったような気がする。





っていうか、怖かったとかどうだとか、
何も覚えていない。




目が覚めるとベッドの上にいたことだけを覚えている。
タイムスリップしたようなへんな感覚だった。



手術後しばらくして
指が動くようになると、


動くということがいかに便利か、ということかが、わかった。

かといって、

それまで不自由していたかというと、
全くそんなこと思っていなかったけど。w




とにかく、5歳の私は、



事前に手術の恐怖を全く想像することなく、
術後のタイムスリップを経験しただけで、

こっち側に戻ってきた。








今回も全身麻酔で手術する。

でも今度は、




寝てる間に臓器がひとつなくなっているのだ。






ひぇ~と思ったり、

どんなんかなぁと思ったり。w






でも、できれば、








あれこれ思い悩まず、


動じず、




例えるなら




デューク東郷のように、
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いつもクールでいたいものだ。














こっちじゃなくて。w
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by hanarobo | 2009-05-21 13:06 | 脳内

道中、発見したこと。

前回の続きです。





前回私は、四七抜きメロディーという入り口から作ると窮屈で、
それにとらわれて、つまんない曲ができがちなので

ラフに作って、



最終的には、


演歌と歌謡曲とフォークソングの交わったような部分を
目指すつもりと書きましたが、



そう考えたのには、
もう一つの理由があります。




そもそも、


四七抜きというのは4番目と7番目の音が抜けて、
7音あるはずの音階が5音しかない、という状態です。



ですから、
四七抜き短音階を例にとりますと

   ココとココ(のところ)
    ↓    ↓
ラシド ミファ


が、抜けているわけですね。



この5音しかない音階でメロディーができているというのは、
ちゃんと西洋音楽の教育を受けた人たちから見ると、
「だっさ!」となりがちなのだそうです。

しかし、

抜けているのは抜けているだけの理由があるのです。


では、


四七抜きは、なぜ抜けていて
西洋音階は、なぜ抜けていないのか?



その理由は、

ハーモニーをつけるという発想があるかないか

なのだそうです。


メロディーにハーモニーをつけるためには、
西洋音階のように7音全部厳密に規定したほうが好都合です。
すなわち、西洋の音階はハーモニーを前提にしているのです。


ところが、四七抜きのメロディーは、もともと
みんなでハモる、という発想がなく、
一人で歌うことを前提にしているため
抜けた音階部分を自由に変化させて歌えるのです。


つまり、


抜けているからこそ、ドラマチックに歌える。


と、こういうわけです。



以上、この本の受け売りでした。ww





だからこそ、




この曲はスゴイ!ということが
今になってわかったのですよ。


『昭和枯れすすき』




演歌でありながら、ハモっている。



私が作りたいのは、『デュエット曲』ですから、
やはりハモりたいのが人情です。w




ところが演歌というのは、抜けた音階部分を
こねて歌ったりするところに醍醐味がある。。。

(つまり、私の言うこねるとは,
 正確に譜面に起こすと装飾音符で書かないといけないような部分)


(例) 『悲しい酒』の「飲~む酒~は~」の~部分など。



(参考)初期のこねてない頃の『悲しい酒』
http://www.youtube.com/watch?v=tRgCUMDQvNE

「飲~む酒~は~」に注目



でも、『昭和枯れすすき』は、
こねたりせずに素直に歌ってますね。
それはつまり、ハモるためです。

(尚、この曲が使っている音階を調べてみたら、
 四七抜きの五音音階ではなく、七抜きでした。つまり六音音階。)




それに気がついた私は、
今まで作った何パターンかのメロディーを全て捨てました。
演歌っぽいことを重視するあまり、

『これじゃハモれないよ』と。(泣)






では、


晩ごはん作る時間になったので、
また次回です。。。
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by hanarobo | 2008-11-05 17:19 | 脳内

道行は楽し。

前回の続きです。





で、作り方はわかった、と。


でも、その方法で作るとつまんないものが出来る。。。






ほんなら、前のやり方でやってみよう、
と思いました。



前、とは

以前に作った『裸の王子様』



そのときの、
作曲コンセプトは、


『鼻歌で歌いたくなるようなメロディー』。w


【手順】

1.テンポを決める。

2.歌詞のイントネーションどおりにメロディーをつける。

3.歌詞の重要部分を、強調するようにする。
  (そこだけ音程をあげてみるとか)


これと同じやり方を使ってできた曲が、

結果的に『演歌』になっていればいいかな、と思いました。



っていうか、
いろんな本を読んだおかげで、

そもそも量産された頃でさえ
『演歌』という明確な線引きは存在しなかった

ということを知りました。

私のイメージでは、こんな感じ。

f0103693_16511581.gif




で、この色つきの部分を目指そう!と。






では、晩ごはんの時間になってきたので、

また次回。
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by hanarobo | 2008-10-30 16:54 | 脳内

道行で道草。

さて、昨日のつづき。




なんか急にアクセス増えてるんですけど。。。
日頃の倍以上です。
なんでかな?

ま、それはそれとして。






演歌の「勉強」、といっても、

まー音楽なんですから、まず演ってみないことには
雰囲気身につかないな、と。


そこで、実践から入りました。




1.『地獄 道行 無間闇』の歌詞に近い世界観を持つもの。

  (歌詞に生きるの死ぬの殺してだのが入ってるとか。w)

2.ドラマチックなもの。

3.ネットで歌詞とコード譜がひろえるもの。


ということで、


『昭和枯れすすき』 (デュエット!)
『津軽海峡冬景色』 (北・逃避行・ドラマチック)
『海雪』        (日本海・岸壁・死ぬとか殺すとかw)
『天城越え』     (死ぬとか殺すとか、不倫とかw)


の4曲を選んで、毎日練習していました。



あと、本も読みました。


最初はもちろん、音楽的な内容。

つまり『演歌の構造』とか『演歌のセオリー』的な
内容のものを読んでいましたが、

だんだん『演歌の成り立ち』に興味が移って、



やがて、演歌にとどまらず、


戦前から戦中・戦後、
そして高度成長期、からバブル、平成にかけての
日本の流行歌全般の、歴史や背景について、



どんな人たちがどういう風に関わって
どういう過程を経て作ってきたか、

というところが大変面白くて、

演歌の作曲には、直接的には関係ないのですが、
興味が湧いたので読んでいました。


(このブログの左側に『はなロボの本棚』という
 アイコンがありますので興味のある方はそこから
 本の紹介をご覧ください)


まーそれで結果的に1ヶ月ほどブログから
遠ざかっていたようなワケで。



で。



『方法論』としては、
知ってる方も多数おられると思います、

四七抜き。


またまた、かなりざっくりと書きますが
(詳しく知りたい方は四七抜きで検索してみてください)


ドレミソラまたは、ラシドミファの五音音階を使う、ということです。



あと、歌詞について、はなロボの独自の見解を述べますと、w

歌詞の最後にタイトルを絶唱すると演歌らしく聞える

(例: 『津軽海峡冬景色』、『海雪』、『天城越え』、
    『悲しみ本線日本海』,『さざんかの宿』等。)



でももう歌詞は、できちゃってるのでこれは泣く泣くあきらめました。ww



(ある方に『地獄 道行 無間闇』って『津軽海峡冬景色』と同じ語数やな~、
 と言われて、ちょっと考えましたけどw)


ま、そういうわけで、

演歌というのは定型的に作れるのです。
ってか、できます。すぐに。w



んがっ。

四七抜きでいろいろ作ってみましたが、

自分でも嫌になるほど
ごっつい凡庸なメロディーで、
即効ボツです。



と、そんな私に


J-POPだって定型的に作れるんだよ!という動画が。


『JPOPサウンドの核心部分が、実は1つのコード進行で出来ていた』
(前編)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4947752
(後編)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4947852



でもね、それを言うなら、
演歌にはこんな強力なツールがあったりするんです。ww

『海峡,慕情,叙情,リズム演歌,作曲ソフト』
http://www.plamrec.com/pluoke1.htm




まーこんなふうに
いろいろ寄り道して、


あるときは、眉間に皺を寄せながら、
またあるときは、わくわくしながら、
「勉強」していたのですが、







この時点で私にとって大事なことは


『作り方がわかってきた』


ということでした。







長くなってきたので、
また次回。
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by hanarobo | 2008-10-28 11:23 | 脳内

道行のはじまり。

まー
語らなくてもいいところは、


大幅に割愛しますが。w




最初は、デュエット曲を作ろう、と思ったわけです。




で、テーマは「地獄系」と。w


この「地獄系」というのが説明がむずかしいのですが、
ざっくり言ってしまうと、生き地獄、でしょうか。






先に詞が書けました。






『地獄 道行 無間闇』   作詞 はなロボ

1.

女性) 生きる辛さに耐えかねて
    逃げてきましたあの世まで

男性) 地獄へ向かう駆け落ちを
    待っていたのは無間闇(むげんやみ)

女性) 手に手を取って道行を
    するもむなしい涙闇(なみだやみ)

男女) 血潮で濡れたその身体
    そっと合わせてみましょうか
    それとも も一度死にましょか
    もしもそれがかなうなら

2.

女性) 苦しみ果てなくついてくる
    逃げてもそこは無間闇

男性) 右も左も墨景色(すみげしき)
    行くも戻るも同じこと

女性) それならせめて口づけを
    あなた私にくださいな

男女) 涙で濡れたその頬に
    そっと触れてみましょうか
    それとも も一度死にましょか
    もしも それがかなうなら

3.

女性) こんなことなら ねぇあなた
    ふたり死ななきゃよかったと

男性) いやいやあれに比べれば
    こうしてふたり手を取って

女性) そうね一緒にいられるわ
    私とっても幸せよ

男女) 血潮で濡れたその身体
    そっと合わせてみましょうか
    それとも も一度死にましょか
    もしもそれがかなうなら

    もしも それがかなうなら






えーー
制作意図を語るのも、
野暮っちゃー野暮なんですが。

あえて語ります。


まず、


デュエットで「地獄系」と言えば、
連想するのは「心中」。

単純にそう思いました。


心中モノを作るなら、
そこまでの道行(みちゆき)と、
二人の最期が山場になるわけです。


あ~~
でもやだな~~それ。




作る以上はキレイに仕上げたいけど、
キレイに見せるとまるで「心中賛美」みたいになっちゃう。
それは良くない。




そこで、

最期のシーンを飛び越えて、
その後の二人を詞に書きました。


つまり『地獄に堕ちた二人』
一緒に死んだはいいけど、地獄へ行こうとして行き着かず、
無間闇の中をさまよう二人。。。
(SFみたいだけどw)


もちろんお察しの通り、
「だから死ぬんじゃねーぞ!」という
戒めも、ちょびっと入っています。




歌詞を読んでいただくとおわかりだと思いますが、
この詞に曲をつけるなら、
やっぱり演歌かなぁ~と思い、



演歌について勉強することにしました。



そして、
どうなったかというと。。。







なんか
長くなりそうなので、




次回につづく。
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by hanarobo | 2008-10-27 13:16 | 脳内

根底にある悲しみ。

「ユーモアの根底には悲しみがある。」と、

昔、誰かが言ったらしい。
日曜日に、たまたまつけたTVで出演者がそう言っていた。






今日、ふと思い出し、
原典を検索した。



The secret source of humour itself is not joy, but sorrow.
There is no humour in heaven. [Mark Twain]

ユーモアの根底にあるのは『喜び』ではなく、『悲しみ』だ。
天国にユーモアなんかない。 [マーク・トゥエイン]   

訳:はなロボ




やはり原典をあたると、
TVで聞いたのとは、ちょっと違って、
皮肉も利いている。w





検索していた過程で、
こういうのが引っかかった。






母親が嫌いです - BIGLOBEなんでも相談室

> 心理学では、怒りは感情の蓋(ふた)と言うそうです。
>
> その怒りの更に奥に、あなたの本当の感情が隠されてるのです。
> お母さんにわかってもらえなかった、という、悲しみや寂しさです。
> そのような悲しみや寂しさ、と言う感情が あなたの根底にはあります。








・・・・・。


















・・・・・。


















まいりました!



〓■● バタッ












根底にある『悲しみ』。








結局、





人というのは、それに蓋をしないと生きてゆけない。




蓋が、



ユーモアであろうが、怒りであろうが




同じことなのだ。
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by hanarobo | 2008-09-09 20:25 | 脳内
この世のすべてに共通するコツ、



すなわち、




マスター・キーならぬ、




マスター・コツ

というものが存在する。






あれ?
ちゃんぽんやな。





マスター・ナックが存在する。。。

座りが悪い。w



(Get the Knack!って「コツを掴め!」って意味だったんだね。エドさん…w)





もとい、





それは何かというと。。。





いらんチカラを抜く




ということだ。





ギターしかり。
バッティングしかり。w






でも、なんでもそうだけど、



どこに余分なチカラが入ってるかが、
わからない。






で、あるとき、ふと抜けたりする。





っていうか、抜けた瞬間がわからなくて、
突然、抜けていることに気づくって感じ。






っていうかね、





何を言いたいのかというと、






私の場合、
生き方そのものに



どこかに余分なチカラが入っている。



…という自覚がある。ww





もうそろそろ、




肩の力を抜いて生きたいなぁ~






あ、そうか。







肩か。
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by hanarobo | 2008-07-08 13:48 | 脳内
このブログの左にいくつかバナーを載せているが、
その一番下のStickamのバナーをクリックすると、
私のプロフィール画面になる。

そこには「メッセージ」という欄があるので、
思いついたことを、思いついたときに書くようにしている。


それが、ある程度溜まったので、
ここに載せてみる。


量があると、浮かび上がってくるものが変わってくるような気もして、
別の面白さを感じたので。(手前味噌ですがw)


では。





勝ち負けにこだわる人は
すでに負けている人が多い。





ことさら「自己」表現なんてしなくたって、そんなの自然と漏れてるよ。
しかも、だだ漏れ。





自己実現なんてしなくたってそんなの実現されてるよ。
今の君がそう。





はい、『いちびり』でございます。





私こそA型だ。





私は誰にも似ていない。





似てるから好きなのか
違うからこそ魅かれるのか





きっとどこかに共通点があるのでしょう。私たち。





音楽の『楽』。





事なかれ主義のロックンローラー
弱音を吐かないフォークシンガー
礼を言わない演歌歌手





一生懸命考えて出した結論と、
直感で出した結論は、
全く同じであることが多い。





自分が変わっていくことを
面白がっているうちは
若い。





そうです。
あれもこれもそれもどれもこれも
その理由はみ~~んな
『寂しかったから』です。





その歌をうたう意味?
もちろん気付いてるさ。





すべての歌はラブソングである。





泣くが嫌さに笑ってござる。





複雑だと本当っぽく見えるけど、見えるだけだ。
簡単だとウソっぽく見えるけど、見えるだけだ。






はたして、それぞれが「ちり」なのか、
集まれば「山」なのか。


↑これは、結語ですので。w
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by hanarobo | 2008-06-15 00:53 | 脳内
タイトルは、まったくの私の主観である。



コメント受付しなくなって、
勝手な主観も気軽に書けるようになった。w




さて。。。





「女ってさー」などと言おうものなら、
即座に「女に限らないよ」という友人がいるが、w



表記の件に関しては「おんな子ども」と限定している。


それは、私が


寂しがる大人の男というのを見たことがないからである。



だから、

『寂しがる男』は皆子どもである。



しかし、女に関してはこの限りではない。


大人の女が、

ココロのなかに寂しさを抱えるとクルう、という例を
たくさん見てきたからだ。






もうひとつのポイント。



「寂しがらせる」ではなく、「寂しくさせる」とクルうのである。



どこが違うのか、と言えば。




「寂しがる」というのは、
本人が「寂しいよー」と表明している状態。



「寂しくさせる」というのは、
本人自身も気付かないか、または我慢して黙っている状態。



そういうニュアンスだ。





主観はどんどん続く。。。





クルい方にもいろいろある。
もちろん本当に狂う人もいる。

ネット上にはそのサンプルに事欠かない。

(これを読んでる人も思い当たることがあるでしょう?)




噂して笑う人たちがいるが、
私にはとてもできない。




なぜなら、





私は、女で、




しかも、もっともアブナイ

中年女だからだ。w







だけど、その前に




親でもある。





自分はもちろんだが、
子どもをクルわせてはいけないな~と思う。






要は、


愛情を与える役割にある人がその責を果たしているか否か。なのだ。





私たちはもっと成熟しなければ。。。




ねぇ?
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by hanarobo | 2008-06-05 16:59 | 脳内